僕は、かつて命を危険に晒すような冒険をした経験がある。時間にして30分、そして距離にすると3キロの大冒険だ。

その時、僕は砂漠の中を北に向かって走っていた。出発地点はモーリタニアのヌアディブという街で、目的地は西サハラのダフラという街。あまり聞き馴染みがないかもしれないが、ざっくり言うとどちらもサハラ砂漠の西側にある街だ。このあたりは移動手段の選択肢が少なく、乗り合いタクシーを使うことが多い。だから、さっきは「走っていた」なんて書いたが、本当は「走ってもらっていた」が正しい。ただタクシーに乗っていれば目的地に着く、時間はかかるけど楽といえば楽な旅だった。

ヌアディブの宿をまだ暗いうちに出発してタクシーターミナルに着くと、すでに国内のあちこちへ向けて出発するタクシーが客を待っていた。乗り合いタクシーは出発時間が決まっているわけではなく、客待ちをして満席になったらその時点で出発する。ダフラ行きのタクシーを見つけて値段を交渉し、しばらく待っているとすぐに座席は客で埋まった。

サハラ砂漠がすぐ近くにあることもあり、ヌアディブの外にはすぐ砂漠が広がっている。とはいっても砂丘のようにさらさらの砂ではなく、固い土の荒地が広がるタイプの砂漠で、どこまで行ってもほぼ景色は変わらない。この道を6時間ほど、途中で国境を越えつつ延々と北上する。

さて、モーリタニアと西サハラの国境には、3キロほどの緩衝地帯がある。この地域はちょっと複雑な領土問題があるため、国境付近には衝突を避けるための空白地帯があるのだ。そして、そこには無数の地雷が埋まっている。

地雷を見たことがある人はそうそういないと思うけど、もし爆発するとどうなるかはみんな知っている。誰もそんなとこ通りたいとは思わないけど、陸路で国境を抜けるなら他に選択肢はない。

ビビって「安全な道はあるのか?」と聞くと、ドライバーは「ノープロブレム」を繰り返したあと「だけど絶対に車から降りるなよ」と付け加えた。車の中の空気が一気にピリッとしたような気がした。誰が降りるかこんなとこで。

無数の地雷が埋まってはいるが、国境なので物資を運ぶトラックや一般の車の往来はそれなりにある。だから、前の車が走った轍に沿って走れば基本的には大丈夫らしい。とはいえ、その轍もほとんど消えかけているので余計に不安を煽る。

ふと窓の外に目を向けると、ひっくり返った車の残骸が見えた。さらによく眺めてみると、車の前部分が重点的に吹き飛ばされているような気もする。

今さらながら地雷の恐ろしさを目の当たりにして震えていると、ドライバーは突然、荒地の真ん中で車を停めた。そしてドアを開けて、降りた。

え、え? 降りた?

と思う間もなく、彼はすたすたと車の後ろに行きトランクを開けた。そして僕に向かって「おい、早くタバコを出せ」と言った。

出発前、僕はドライバーからマルボロを2カートン預かっていた。モーリタニアは西サハラ(とモロッコ)に比べてタバコが安い。確か半額くらいだったと思う。

だから、彼のように国境を超えるドライバーは出発前にタバコを買い込み、西サハラに着いたら売りさばいて小遣い稼ぎをする。政府もそれを知っているため一人が持ち出しできる量には制限があるが、客に預かってもらえばその分持ち出しできる数が増えるというわけだ。

モーリタニアはもう出国したし、タバコを客に預けておく必要はないと判断したのだろう。もし、西サハラに入る時に僕が手間取ってしまえば、リュックの中からタバコが出てきて面倒なことになるかもしれない。タクシーの客の中で僕は唯一のアジア人だったし、それも十分にありえる話だ。

そうなる前に、自分のタバコを確保しておきたかったと考えるのも分かる気はする。いやだけど、あの、ここ地雷地帯で……それ、今やんなきゃだめですか?

ふと隣を見ると、車の残骸っぽい何かが荒地に転がっているのが見えた。

自分のタバコを確保したドライバーは座席に戻り、また車を走らせはじめた。

どこを通れば安全かいまいち判然としないうえに荒地なのでゆっくりとした運転だったが、やがて車はモロッコのイミグレーションにたどり着いた。時間にしておよそ30分、距離にするとわずか3キロの短い行程だったけど、イミグレーションにたどり着いたときの「ああ、生きててよかった」という気持ちはいまだによく覚えている。